【映画】乃木坂46 Documentary of 乃木坂46 「いつのまにか、ここにいる」を観て
こんにちは。
今日は乃木坂46のドキュメンタリー映画第二弾「いつのまにか、ここにいる」について書いていこうと思います。
映画を観たのはけっこう前なので若干記憶が不安なところがあるかもしれません…メモを見ながら書いていますが、もしおかしいところがあればコメント頂けると幸いです。
【注意】本記事はネタバレを含みます
目次
1、タイトルについて
まずは「いつのまにか、ここにいる」というタイトルの意味について考えてみようと思います。
日常会話で「いつのまにか」に続くのは過去の話ですよね。「いつのまにか蛍光灯が切れていた」とか「いつのまにか目的地に到着していた」とか。物事が完了した後にその物事に気付いた時に使う言葉ですよね。
つまり、本来ならば「いつのまにか、ここにいた」であるはずなんです。
ではなぜ現在形なのか。それは紅白出場やレコ大2連覇を果たして人気絶頂を迎えている乃木坂46ですが、それは完了したものではなくて、今も最高の場所に存在し続けているからです。
「いつのまにか人気の最高潮にいる」とでも意訳できるでしょう。
また「ここ」にも様々な意味があるのだと思います。乃木坂について無知だった監督が、映画製作を通じて感じた「各メンバーにとっての"ここ"」が込められているのかなと思います。
あるメンバーにとっては「卒業」であり、あるメンバーにとっては「センター」であり、あるメンバーにとっては「加入」であったりするわけです。
アイドルとして精いっぱい走り続けてきて"いつのまにか"出会った卒業という壁、ファンとして眺めていたステージに"いつのまにか"立っていた新メンバーたち。
無意識に意識してきた景色が、気づいたら眼前に広がっている。そんなアイドルらしさというか彼女たちらしさみたいなものを表現したタイトルだと思いました。
2、映画の主題
本作は昨年末でグループを卒業した西野七瀬さんを中心に、「アイドルの卒業とは」「アイドルにとって、アイドルではない本当の自分はどこにいるのか」に葛藤するメンバーを描くものでした。
乃木坂は昨年に中心メンバーの卒業が相次ぎ、グループとして大きく変革を迫られている時期だと思います。
今までグループのイメージ自体を0から積み上げてきたメンバーが去っていくことは、グループにとってもつらいことだし、それぞれのメンバーにとっても考えるところがたくさんあるのです。
去っていくメンバーと残されたメンバー。そこに正解というものはないですし、僕のようなオタクが述べるようなことでもないです。
こればっかりは実際に映画を見て感じてほしいところかなぁと思います(レビュー記事とは笑)
ただ、一番強く感じたのは、西野が言っていた「アイドルになる前の自分と、アイドルを卒業した後の自分の間がかけ離れすぎている」という話。
いざ卒業してみた時に「アイドルになる前の自分ってどういう人だったっけ?」と、グループのイメージという仮面を脱いだ時に、アイデンティティを失ってしまうというのはかなり印象的でした。
考えてみれば思春期をアイドル活動にささげている彼女たちにとって、人生で一番成長する多感な時期を、ある種異常な環境で送ってしまっているわけです。
芸能人ゆえに他人から被せられるイメージやレッテルに対して、自分自身の考えを持つことの難しさというのは興味深かったです。
3、印象的なシーン
ここでは、映画の中で描かれた印象的だったシーンについて箇条書きで書いていこうと思います。思い出した順なので本編に登場する順番とは異なっていると思います…
・監督は卒業を「失恋のようだ」と表現する。思春期を特殊な環境で過ごしたメンバーたちは、我々一般人では理解し得ないような特別な絆で結ばれた関係になる。
卒業した後も会えなくはないけど、今までずーっと一緒に過ごしていたメンバーたちにとっては想像以上に辛いんだろうなぁと改めて思った。
・ダンスは想像力だという振付のSeishiroさんの言葉。その通りだと思う。歌詞を想像しながらダンスとリンクさせて踊る。最近のパフォーマンスについてはまた別の機会に書こうと思います。
また、僕はアイドル自体が想像力だと思っています。アイドルは幅広い仕事に携わるので、それぞれの専門の職業の人を想像しながら仕事をする必要があります。想像力は大事でしょう。
・生田の「夢を実現するには極限のエネルギーがいる」みたいな言葉。7thバースデーライブの時期はレミゼの舞台練習とまる被りだったようで、メンバーの中でも一番生田が忙しかっただろう。生田は今までも学業やミュージカル、ピアノの練習などなど多忙なスケジュールをこなしてきたわけですが、彼女の強い意志が厳しいスケジュールを乗り越えてきたんだなぁと思わされました。
映画でも真夏さんに「まだ辞めないよ」と言っていたし、数年はいてくれるって信じてるけど、生田が卒業したら寂しくなるなぁ…
・18年紅白歌合戦の直後の西野七瀬さん、卒業直後の言葉。「運命には必然性があって、乃木坂はすごいパワーを持っている。自分がその道の上にいられたことが嬉しい」という言葉。本当に奇跡みたいな運命を辿ってるなぁちゃんが言うと説得力がハンパないですね。
・西野卒コン(7thバスラ4日目)の映像。僕も実際に現地にいたんですが、ステージ上ではメンバーはあんまり泣いてなかったんですけど、ステージ裏ではアンコールで西野が登場して言葉を述べているところで、モニター見ながらガンガン泣いててちょっとウルっときました。ステージでは気丈に振舞っていたんだなぁって。
ちなみに僕は1曲目の「気づいたら片想い」からガン泣きしていました…笑
・大園桃子ちゃんの「いつも素の自分で仕事に臨んでいるから、それが否定されるとそのままダメージになる」「出演している時は素だから傷つくときはめちゃめちゃ傷つく。褒められた時は素の自分が誉められているから嬉しい」という話。上海ライブのリハの時なのかな?
桃子は本当に素でぶつかっているんだなぁと感じる時が多い。アイドルはキャラを作ることが正義みたいなところもあり、先輩メンバーにはそれを反省している人も多いくらい笑。そんな中で桃子の素の姿は見ている人に安心感というか親近感を与えている。
・桃子の「大好きな人と別れるのに、強くなる必要ってありますか?」
先輩方の卒業について述べたところ。
本当にそうだよね…サヨナラに強くなることなんてできないよね…分かる分かる…
桃子って良いこと言うよね…これ素で言ってるんだからやっぱり凄いよね…
・レコード大賞の本番10分前まで局の廊下でリハーサルをやっている姿。緊張や感極まって涙してしまった桃子を優しく慰める飛鳥ちゃん…
・飛鳥ちゃんの中学校の同窓会。成人式の後に行ったらしい。内気な性格ゆえに久々に会った友人の輪になかなか入っていけない。乃木坂のメンバーはこういう子ばかりだもんなぁ…
・桜井玲香ちゃんが出てくるシーン全部。
映画が公開されてすぐに玲香の卒業発表がありまして。インタビューのパート見ながら「玲香が卒業するんだぁ…」って思うと感慨深い。
「乃木坂としての思い出や一緒にいたいメンバーがいるから、今残っている」という言葉。
若月をはじめお姉さんメンバーの卒業が、彼女の卒業を決意させることになったんだなと思った。
キャプテンとして今まで支えてくれてありがとう。
4、映画全体についての意見・批評
全体として西野七瀬、与田祐希、齋藤飛鳥の3人を中心に章立てがなされています。また映画を撮るまで乃木坂について知らなかった監督の言葉が字幕で入ったりします。
演出には賛否あるようですが、17年末の紅白から19年2月のバスラまで乃木坂の裏側を取材し続けた映像自体がファンにとっては見ごたえはあります。
メインに取り上げられている3人が僕の推しメンなので、僕はめちゃくちゃ感動したし考えさせられたんですが、全く映ってないメンバーも多いし、彼女たちのファンにとっては面白くないもなぁと思ったり。
第一弾「悲しみの忘れ方」では伸び盛りの乃木坂の葛藤を描いたのに対して、本作では「卒業」というセンシティヴな話題を扱っています。
それだけに、映画本編では「卒業」について正解は出していません。そりゃそうでしょう。「卒業」について明確な正解はないでしょう。そのため観終わった時に落とし所というか結論がハッキリしない。映画館を出る時にはモヤモヤとした気分が残ってしまうしまう人が多いと思います。
観賞後に考察を要すると言うか、自分の推しメンに当てはめて改めて考える必要のある映画になってしまっていると思いました。
ストーリーや主題のある映画というより、まさにドキュメンタリー=記録映画を見るくらいの感覚でいた方が幸せになれると思います。
メンバーの発言の一つ一つを理解して彼女たちの繊細さや考えの深さ、活動へ向けた真剣な想いを自ら感じ取る必要がある映画だなと思いました。
個人的には大園桃子ちゃんの評価が今まで以上に上がりました。